バージニア植民地は王領植民地であり、総督はイギリス国王により任命された。政治組織は総督、評議会、代議会の三者構成であった。総督はイギリス本国より赴任してくるのが通例であった。
評議会は総督を助言する機関であり、いわば総督を補佐して行政的職務を果たした。また植民地議会の上院としても機能し、総督とともに植民地の控訴院としての役割を果たした。ただし司法については専門的知識が必要とされたことから、専門の判事によって構成された最高裁判所が別に設けられていた。評議員の職は国王が任命したため、イギリス本国の居住者が任命された植民地に来る場合もあったが、多くは植民地の上層階級の中でも最も名家と見られる家族の構成員がその地位に着いた。
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評議会は植民地上層階級の中でも最も貴族的な部分によって占められ、任期が無期限で変化に乏しかったことから、18世紀の植民地発展の中で台頭してきた多数の上層階級のメンバーは地域社会から選出されて代議会の議員となり、植民地議会の下院としての地位を築いた。一般に北アメリカ大陸で植民地代議会は「コロニアル・アセンブリー」と呼ばれていたが、バージニア植民地の代議会は「ハウス・オヴ・バージェセス」と呼ばれた。18世紀における植民地代議会の権限拡大の追及は、台頭してきた上層階級の政治権力追及の反映であった。代議会は課税に関する同意権のみならず、植民地の財政支出についても立法を発議するようになり、また多くの植民地で徴税や支出を担当する植民地の官吏を任命する権限を獲得した。このような代議会の権限の拡大は1721年から20年以上にわたってイギリスで続いたロバート・ウォルポール政権時代の「有益な怠慢」政策によって助けられた。
バージニア植民地では、代議員を選挙により選出した。参政権はイギリスの場合と同じように、一定の財産を所有する男性に限られていた。50エーカーの空地、または25エーカーの開発された土地プラス12フィート平方の家屋、または市街地1区画プラス12フィート平方の家屋を有する男性だけが、政治に参加することができた。